信越化学工業は創立100周年を迎えました信越化学工業は創立100周年を迎えました
第4章

世界市場への新たな布石

世界中でチャンスに挑む成長事業

2000-2003

この章で知れること

  • 塩ビ、半導体シリコン、シリコーンの各事業で進めた大型投資
  • ITバブルの崩壊を乗り越え、最高益を更新
  • 塩ビ、セルロースでM&Aによる欧州拠点の拡充

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世界中でチャンスに挑む成長事業

スピードが奏功したプリフォーム事業

鹿島に完成した光ファイバー用プリフォーム工場

1990年代後半、当社は光ファイバー用プリフォームの急激な需要増に対応すべく生産能力の増強を図ったが、引き続き需要は伸び続け、すでに松井田工場には増設の余地がなくなっていた。このため鹿島臨海工業地帯の東部東地区、当社の鹿島工場近隣に土地を確保して、2000(平成12)年9月、光ファイバー換算で年産1200万kmの生産能力を持つ光ファイバー用プリフォームの新工場建設に着工した。
光ファイバー用プリフォームは、需要家である電線メーカーでも生産していた。電線メーカーは、需給が緩むと自社工場の稼働率を維持すべく外部からの購入量を絞り込むため、当社の販売量が急落する危険性があった。
この点に関し金川社長は2000年8月、光ファイバー用プリフォーム新工場の投資計画決定に際して次のように述べた。
「需要が強いので新工場建設をすばやく決断したが、リスクはある。現在できうるあらゆる手を打っているが、需要が落ちて相場が崩れたらまったく売れなくなる」、「設計、建設に対しては非常に無理を言うが、平凡なことをやっていては、この種の(市況が大きく変化する)事業を成功させられないことを理解してもらいたい」。
そして、新工場の建設が始まった2000年10月には、金川社長は、「鹿島の新工場は、現在の市況が続くうちにできるだけ早く完成させてもらいたい。このことが新工場の将来を大きく左右する」と述べた。
新工場は通常の半分の工期で完成するように日程が組まれ、将来の市場動向に合わせて、生産能力を2~3倍に増強できる体制をあらかじめ組み入れた設計とした。フル生産が続く松井田工場では生産技術の改善が進められたが、鹿島の新工場でも、そのような最新の技術成果を取り入れた生産ラインが構築された。
精密材料事業部長の秋谷常務は、2001年1月、経営陣に対する新年の抱負のなかで、「鹿島で建設中のプリフォーム新工場を早期に立ち上げ、品質のよい製品を生産して利益に貢献したい」と述べた。
こうして工場の建設は突貫工事で進められ、2001年9月に試運転を終え、10月から本格生産を開始した。わずか1年で、これほどの規模と内容を持った工場が完成したのは、驚異的な出来事といえた。この新工場の完成で光ファイバー用プリフォームの生産能力は倍増し、世界の約25%のシェアを占めるに至った。
一方、新工場建設にともなうリスクを最小限に抑えるために、営業部門では新工場建設に先立って需要家と長期の売買契約を締結するなど、安定した収益を確保するためのさまざまな対策を実行した。もちろんこれには粘り強い交渉が不可欠であった。
光ファイバー市場は2002年に入ると、ITバブルの崩壊によって急激に縮小した。数年にわたって高成長を続けた光ファイバー市場がマイナス成長に転じた影響は大きかった。
しかし当社は、長期売買契約を生かして、このときまで鹿島の新工場でフル生産を行い、国内、海外ともに販売を拡大して利益を確保した。このため、市況変動による損失を回避することができ、光ファイバー用プリフォーム事業で赤字を計上することはなかった。

◆契約が力を発揮したプリフォーム事業
供給と品質の安定が重要であることは、当社のあらゆる製品についていえる。金川社長は経営方針の基本をフル生産、フル販売として、長期契約による安定的な原料と需要家の確保に力を注いだ。この長期契約で大きな成果を上げた一つの例が、光ファイバー用プリフォーム事業である。
1990年代後半に起こったIT分野の爆発的な市場拡大のなかで、光ファイバーの需要は飛躍的に増大した。このため、世界の多くの電線メーカーが光ファイバー分野に参入した。当社は急速な需要増に応えて、2000年9月、鹿島で新工場の建設に着手した(第4章第Ⅱ節)。この工場建設にあたっても、需要家と長期契約を結んで増産分の販売先確保を図り、新工場のフル生産、フル販売を実践した。
光ファイバー用プリフォームは、当社の需要家である電線メーカーでも自社生産を行っている。当時は需給が逼迫していたが、需給が緩めば各社とも、まずは外部からの調達を絞り込むことが予想された。このような状況下で需要家の要望に応えて設備増強を実施するには、需給関係が緩んだときの販売先を確保することが不可欠であった。
金川社長はこの事業の担当者に対し、「需要家も光ファイバー用プリフォームを生産しているなかで当社が増設を実施するのは、需要家に代わって当社がリスクを負って設備投資を行うことであるといえる。この点を需要家に十分にご理解いただき、増設後の販売を確保することが不可欠だ」と説明した。
その後、ITバブルの崩壊とともに、世界中の光ファイバー市場は壊滅的というべき打撃を被った。しかし、当社は需要急落のリスクを想定し、極めて短期間の工場建設と長期契約によって、市場の混乱による影響を最小限に抑えることができた。
投資額を十分に回収できただけでなく、世界中の光ファイバー関連企業が大幅な赤字を計上するなかで、その後当社は、この事業で一度も赤字を計上することはなかった。

大型フォトマスク基板で市場をリード

合成石英関係では、液晶表示装置用フォトマスク基板の市場が、拡大を続けていた。液晶表示装置は、1990年代後半からデスクトップ型パソコン用モニターの用途が急拡大を遂げ、さらに2000年代に入ると、大型液晶テレビ向けの需要が立ち上がり始めていた。このような流れのなかで、液晶表示装置用フォトマスク基板も大型化し、新品種の追加が加速した。
2000年には第4世代のマザーガラス680×880mmに対して、これを一括露光できる800×920mmのフォトマスク基板の生産、販売を開始した。その2年後には第5世代のマザーガラス(1100×1200mm)が登場し、これに対応するフォトマスク基板のサイズは700×1100mmとなった。初めて1辺の長さが1mを超える大型のフォトマスク基板であったが、他社に先駆けて生産、販売を開始した。大型化に際しては、生産設備を改めなければならないが、市販の機器類を使用できるわけでなく、信越エンジニアリングなどと連携して、独自に装置を開発する必要があった。世代交代の加速によって、このような設備投資を毎年のように実施しなければならなかった。同時に、次世代や次々世代の基板のサイズや品質などに関する情報を収集し、他社と差別化できる製品を開発することも不可欠であった。
また、この分野も半導体と同様に、3年ほどのサイクルで好不況の波が訪れ、シリコンサイクルになぞらえて「クリスタルサイクル」と呼ばれるようになっていた。技術革新によって液晶表示装置が大型化して、世代交代が頻繁に起こるようになったためであった。
厳しい競争のなか、当社は液晶表示装置用フォトマスク基板で約70%のシェアを占めていた。そして、さらなるシェアの拡大に向けて、既存の顧客への販売拡大や新規顧客の開拓などにいっそうの力を注ぐとともに、大型化や高精細化の要求に応える技術を確立した。こうした努力もあって、液晶表示装置用フォトマスク基板は、順調に売上げと利益を伸ばした。

携帯電話需要に応えるLT

携帯電話用途の需要の伸びに対応するために、1999年7月に着工した磯部工場のLT製造用新棟の増設工事は、2000年4月までに主要設備が稼働し、2001年3月に工事が完了した。
2000年代に入ると、携帯電話には絶えず小型化、高機能化が求められており、SAWフィルターも小型化が必要不可欠であった。これに対応するため、当社は単結晶の高品質化やSAWフィルターの微細化に対応したウエハーの生産に取り組んだ。

KrFエキシマレーザー用フォトレジストでトップシェア

2000年7月、直江津工場でエキシマレーザー用フォトレジストの増設工事の竣工式が行われた。KrFエキシマレーザー用フォトレジストでは、最後発ながら優れた品質で多数の需要家に採用されてトップシェアを確保した。エキシマレーザー用フォトレジストは、将来にわたって着実な需要増が見込まれたため、直江津工場では供給体制の強化を続けた。
2000年12月、KrFエキシマレーザー用フォトレジストの開発を中心になって進めてきた合成技術研究所の石原俊信所長代理の報告を受けた金川社長は、次のように高く評価した。
「当社にとって画期的かつ歴史的であり、Z委員長として私は非常に誇りに思っている。KrFエキシマレーザー用フォトレジストがここまで成功した理由は、着眼点や発想が優れていたことと、短期間に集中して、それを実現させたことである」。
2000年代に入るとICチップの微細化は加速して、2003年には回路線幅0.11μmのデバイスが量産化に入った。
当社のフォトレジストは韓国、台湾市場で優位な位置を占めていた。これら既存顧客向けの拡販を進めるとともに、欧米の新規需要家の開拓に注力した。また、新たにエレクトロニクス産業の一大拠点として台頭した中国市場を開拓して、高いシェアを確保した。
2001年6月には、フォトレジストの研究の効率化と迅速化を図るため、それまで合成技術研究所を中心に行ってきたフォトレジストなど電子機能性材料に関する研究開発を、新設の新機能材料技術研究所に移管した。同研究所は積極的に設備投資を進め、熾烈な開発競争が続くフォトレジスト分野で世界に先駆けた成果を上げるべく、所長の石原取締役をはじめとする全員の力を結集させた。
KrFエキシマレーザー用フォトレジストのシェア拡大は、営業と研究が一体となり、各社の最先端製品で確実に当社のレジストが採用されるよう、需要家と密接な関係を築いたことによる大きな成果であった。

Zテーマの展開

液状フッ素エラストマーは、フッ素樹脂とシリコーンの特性を兼ね備えた素材として用途が拡大し、需要家数も増加した。自動車関連を中心とする既存の用途に加え、新規用途の開発に力を注ぐとともに、国内、米国、欧州、アジアの各市場で販売拡大に努めた。
ペリクルは国内フォトマスクメーカー向けの販売拡大とともに、韓国、米国、欧州では拡販に、台湾では新規需要家の開拓に取り組んだ。また研究開発においては、液晶表示装置用の大型ペリクルの開発を進めた。
シリカについては2000年11月、群馬事業所にフュームドシリカに表面処理を加えた処理シリカの量産設備が完成した。シリカはシリコーンゴムの充填剤を主な用途としていたが、その他の新規用途の開拓にも努めた。
また、2000年11月には、Zテーマの一つである光アイソレータの事業化も発表した。
Zテーマなど研究開発については、Z委員会発足後10年を経た2001年5月、研究所の報告を受けた金川社長は、今後の方針を次のように述べた。
「Zテーマも10年が経過し、よい面と問題点がはっきりしてきた。ニューZでは大きく成長して利益に貢献する大型テーマに集中し、もっとも効率的な方法で進めている。これまでのZテーマの経験から見て、テーマを厳選しなければならない」、「事業化は一種のベンチャーであり、高度な事業的センスが必要である。研究段階を終えて市場に出るときには、それまでとは違う視点や対策がなければ成功しない」。
ニューZ委員会では重要テーマを厳選して、事業化に直結する研究開発を進めた。

世界にはばたくセルロース事業

直江津工場のセルロース設備(MC-Ⅳ)竣工式

買収により設立されたドイツのSEタイローズ

セルロース事業は着実な成長を続け、安定的な収益源として重要な役割を果たしていた。押出成形セメント板などの建材・土木分野、錠剤や顆粒剤のコーティングや結合剤、崩壊剤などの医薬材料分野で順調に事業を展開した。さらなる成長を期していくために、工業用では、自動車排ガス浄化装置の触媒担体として使われるセラミックハニカム用途に注力した。これは、触媒担体を成形する結合剤としてセルロース誘導体を用いるもので、排ガス規制が強化されるなかで急速に販売実績を伸ばした。
医薬用では、第3章でも触れたカプセル用途が成長した。さらに2003年6月には、厚生労働省がセルロース誘導体(「メトローズSH」)を新規の食品添加物として認可した。これにより保健機能食品のカプセル剤や錠剤にも、セルロース誘導体が使用できることになり、サプリメント市場への販売機会が広がった。このようななかで、積極的な販売拡大に対応するため、直江津工場ではメチルセルロースを生産する「MC-Ⅳ工場」の新設工事を実施し、2002年1月に竣工式を行った。MC-Ⅳ工場には最新鋭の反応器が導入され、生産能力は従来の2割増の年産1万8000tとなった。
生産量の増加に対応して直江津工場では、2001年2月にセルロース製品倉庫を竣工させ、それまで工場内に点在していた工業用セルロース製品の倉庫を1カ所に集約、受注・出荷部門を統合し、業務の効率化とコスト削減を果たした。さらに2002年9月には、セルロース製品の原料パルプの倉庫を完成させた。
セルロース事業は、こうして生産能力増強と全量販売の努力を積み重ね、国内市場における圧倒的なシェアの確保に努めるとともに、医薬材料などの高付加価値分野で独創性のある技術開発を進めて、主要事業の一つとして着実に成長した。
だが、セルロース事業を一段と拡大させるには、国内市場だけでなく、本格的な海外の工業用市場への展開が必須であった。とりわけメチルセルロースの最大の市場である欧米の建材市場への進出が、その鍵を握っていた。そのためには海外に生産拠点を確保することが不可欠であったが、海外に新たに工場を建設して市場を開拓していくには制約があり、時間を要する。市場環境の変化が加速するなかで、時間をかけていては競争に取り残されてしまう危険性もあった。
この点に関して金川社長は、セルロース事業を迅速に大きく伸ばす有力な手段として、M&Aの実施も視野に入れていた。このため1990年代末から、金川社長はセルロース事業を擁する世界各国の企業に対して、事業売却の意向がないか打診し続けてきた。このようななかで2003年8月、事業の見直しを進めていたスイスのクラリアントが、セルロース事業の売却を決定したという情報がもたらされた。
当社は折衝の末、2003年10月31日に買収契約を締結し、ドイツのフランクフルト近郊のヴィーズバーデン市にある工場をはじめとするクラリアントのセルロース事業を、オランダのシンエツインターナショナルヨーロッパを通じて買い取ることとなった。買収手続きは2003年12月末に完了した。クラリアントのセルロース事業は、シンエツインターナショナルヨーロッパの全額出資子会社として新たに設立した「SEタイローズ社」が引き継いだ。世界的に見るとセルロースの生産拠点は欧州に多く存在し、そのなかでもクラリアントはメチルセルロース年産2万7000t、ヒドロキシエチルセルロース年産1万tの生産能力を有する欧州最大手メーカーであった。クラリアントのセルロース工場は、ドイツの旧ヘキスト社が所有していたもので、クラリアントの前身であるスイスのサンド社がそれを買収していた。クラリアントは欧州の建材や塗料用途に強みを持っていた。そのため、この買収によって当社は欧州市場への足がかりを得ただけでなく、これまで得意としてきた建材や医薬用途に加え、クラリアントの優れた製品や技術もあわせ持つこととなった。
SEタイローズの経営は、金川社長の指揮のもと、組織と技術の両面から工場の合理化を進めるとともに、当社グループが全面的に協力して販売の拡大を図った。工場の合理化は、シムコアやシンエツPVCの工場運営で実績を持つ、シンテックのシュレーダー副社長を中心に進められた。

フェロモン開発で農林水産大臣賞

2000年11月、当社フェロモン剤研究開発グループは、2000年度の「民間部門農林水産研究開発功績者表彰」で最高位の農林水産大臣賞を受賞した。この表彰は、農林水産分野で官民がともに協力し合いその発展に資するため、また研究者の意欲向上を図ることを目的に創設されたもので、2000年度が第1回目であった。当社の受賞理由は、害虫の性フェロモンの大量合成法と、長期間にわたりフェロモン放出の均一性を保つ製剤の開発に多大な功績を残したことであった。

◆環境・生態系への関心の高まりで拡大するフェロモン事業
フェロモン事業は2004年以降も着実に成長した。
世界的に環境や生態系との調和に関する意識が高まり、従来の殺虫剤を中心とした害虫防除は、環境負荷の増大や殺虫剤の残留、害虫の殺虫剤に対する抵抗性の発現、害虫の天敵の減少といった問題点が指摘されていた。
このため、フェロモン交信撹乱剤を中心とするIPM(総合防除法)が、特に欧州や米国など先進国で主流になると期待された。当社では、このような傾向を捉えて、さらなるフェロモン交信撹乱剤の市場拡大に力を注いだ。
フェロモン交信撹乱剤の施用試験は、2006年には国内で50ヵ所以上、海外では100ヵ所以上で実施されており、フェロモン交信撹乱剤をいっそう普及させるために、行政機関や研究機関との連携の強化、海外市場拡大に向けた普及要員の育成などを図った。
さらに、フェロモン交信撹乱剤の使用の集団化による効果や天敵への影響などの利点を発揮すべく、東欧諸国などでフェロモン交信撹乱剤の大圃場での使用に努めた。また、スプレータイプの散布製剤や、長期間効果が持続するロングライフ製剤の開発などにも取り組んだ。

海外展開が進む電子材料事業

シンエツエレクトロニクスマレーシア

マグネット事業では第3章第Ⅵ節で触れたように、1999年3月にシンエツマグネティクスフィリピンを設立し、同社のマグネット加工工場は2000年6月に本格操業に入った。これにより武生、マレーシア、インドネシア、フィリピンの4極体制で、大手需要家が集中するアジア市場に製品を供給することとなり、需要家の要請にいっそう迅速に対応することが可能になった。
VCM以外の用途を広げる努力も続け、環境への配慮の高まりを捉え、省エネモータ用途の開発などに力を注いだ。新規用途である省エネルームエアコンのコンプレッサー用モータやエレベーターのモータ、産業用リニアモータ向けなどの販売に取り組み、また、ハイブリッド車の駆動用モータや発電機用モータなどの次世代分野にも着実に用途を拡大した。
レア・アースマグネットでは、原料の供給国である中国のマグネットメーカーが生産に意欲を見せ始めており、安価な中国製品と市場で競争を余儀なくされることが予見された。このため価格競争に巻き込まれることがないように、高機能、高品質という当社が得意とする高付加価値品で市場を確保する方針をとった。
EMCは2000年以降もシンエツエレクトロニクスマレーシアの設備を拡充して、海外生産を強化した。EMCの生産量は2000年以降、海外が国内を上回るようになり、2002年春には、EMCの生産は、全面的に磯部工場からシンエツエレクトロニクスマレーシアに移管された。そして磯部工場では、液状EMCを中心に生産することとなった。
2000年代に入ると、米国で2004年以降の鉛使用禁止、欧州で2008年以降の臭素含有化合物の使用禁止が決まるなど、世界的に環境規制が強化され、これがEMC分野にも影響をもたらした。ハンダに鉛が使えなくなってハンダ付けに要する温度が上昇する一方で、臭素を含む従来の難燃剤が使えなくなることから、グリーンEMCへの需要が高まった。そこで、この動きを新たな成長の機会と捉え、グリーンEMCの拡販に力を注いだ。
また、ICチップのサイズ縮小に対応した液状EMCも順調に出荷を伸ばし、高収益製品としてEMC事業の成長に貢献した。当社は、特にアジア市場への拡販に注力するとともに、新規分野の開拓を進めてシェア向上を図った。