

社長の斉藤恭彦より、感謝を込めて
100周年を迎えるにあたってのメッセージです。
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信越化学は、創業からの主力事業だった石灰窒素に代わる新規事業を立ち上げるために、1950年に中央研究所を設置。検討を重ねた結果、当時生産していたカーバイドから得られるアセチレンを原料とする製品群の中から、塩ビが最有望であるとの結論に達しました。1955年、当社は新日本窒素肥料との合弁で日信化学工業を設立し、1956年には武生工場に隣接する同社で塩ビの生産が始まりました。こうして当社はアセチレン系有機合成の橋頭堡を築くとともに、世界最大の塩ビメーカーへの第一歩を踏み出しました。
信越化学のシリコーン事業は、1939年の直江津での金属ケイ素生産に端を発します。戦後の日本ではシリコーンの優れた特性が注目されるようになり、当社では従来の肥料などの無機化学だけでなく有機化学にも進出すべきと判断したことを背景に、1949年にシリコーンの研究を本格化、独自の技術である攪拌流動法の開発やGEからの特許実施権の取得などの取り組みを進めました。1953年に事業化し、日立製作所との提携や米国ダウ・コーニングからの特許実施権の取得を経て、現在も大きな柱として成長しています。


信越化学は1957年に日本電気の要請で高純度シリコンの研究に本格着手し、1959年に技術的優位にあったシーメンス社との間でシーメンス法(トリクロロシランの水素還元)の技術導入契約を締結。この技術導入が当社が半導体シリコンの事業化に成功する要因となりました。1960年9月には現在の信越半導体磯部工場で多結晶シリコンとFZ単結晶の製造を開始し、同年10月に「スーパーシリコン」の商品名で初出荷しました。当社を代表する事業として、半導体シリコンは熾烈な品質・技術競争の中で今なお発展を続けています。

信越化学は1990年代、半導体の微細化に不可欠なフォトレジストの実用化へ、デバイスメーカーとの共同開発を加速しました。1997年に直江津工場で量産設備を完成し、翌1998年にはKrFエキシマレーザー用レジストの事業化を発表して本格操業を開始しました。高性能・高品質が評価され、線幅250nm以降の製造で事実上の業界標準となり、韓国・台湾を中心にシェアを拡大。さらに微細化に応じて新たなベースポリマーの開発や設備増強を進め、供給体制を強化していきました。

信越化学は1977年に合成石英の研究を開始し、気相軸付(VAD)法による光ファイバー用プリフォームの材料研究・製造プロセスを確立。1986年度に現業へ移管して事業化を決定しました。1993年には直径140mm、長さ1800mmの世界最大級量産技術を達成し、1998年に松井田第2工場が完成。長期契約で市況変動に耐えつつ、WDM対応など技術革新にも即応して収益力を高めてきました。

信越化学のシリコーン事業は、1939年の直江津での金属ケイ素生産に端を発します。戦後の日本ではシリコーンの優れた特性が注目されるようになり、当社では従来の肥料などの無機化学だけでなく有機化学にも進出すべきと判断したことを背景に、1949年にシリコーンの研究を本格化、独自の技術である攪拌流動法の開発やGEからの特許実施権の取得などの取り組みを進めました。1953年に事業化し、日立製作所との提携や米国ダウ・コーニングからの特許実施権の取得を経て、現在も大きな柱として成長しています。


信越化学のレア・アースマグネットは、武生工場での研究を背景に1973〜74年に新磁石を上市、1976年に本格生産を開始しました。原料分離・精製から製品までの一貫体制で競争力を高め、1990年代初めには世界シェア25〜30%に到達。HDD用VCMや省エネモータへ用途を拡大し、2005年には粒界拡散合金法で耐熱グレードの高性能化を実現しました。

信越化学は1957年に日本電気の要請で高純度シリコンの研究に本格着手し、1959年に技術的優位にあったシーメンス社との間でシーメンス法(トリクロロシランの水素還元)の技術導入契約を締結。この技術導入が当社が半導体シリコンの事業化に成功する要因となりました。1960年9月には現在の信越半導体磯部工場で多結晶シリコンとFZ単結晶の製造を開始し、同年10月に「スーパーシリコン」の商品名で初出荷しました。当社を代表する事業として、半導体シリコンは熾烈な品質・技術競争の中で今なお発展を続けています。
信越化学のシリコーン事業は、1939年の直江津での金属ケイ素生産に端を発します。戦後の日本ではシリコーンの優れた特性が注目されるようになり、当社では従来の肥料などの無機化学だけでなく有機化学にも進出すべきと判断したことを背景に、1949年にシリコーンの研究を本格化、独自の技術である攪拌流動法の開発やGEからの特許実施権の取得などの取り組みを進めました。1953年に事業化し、日立製作所との提携や米国ダウ・コーニングからの特許実施権の取得を経て、現在も大きな柱として成長しています。

信越化学は、創業からの主力事業だった石灰窒素に代わる新規事業を立ち上げるために、1950年に中央研究所を設置。検討を重ねた結果、当時生産していたカーバイドから得られるアセチレンを原料とする製品群の中から、塩ビが最有望であるとの結論に達しました。1955年、当社は新日本窒素肥料との合弁で日信化学工業を設立し、1956年には武生工場に隣接する同社で塩ビの生産が始まりました。こうして当社はアセチレン系有機合成の橋頭堡を築くとともに、世界最大の塩ビメーカーへの第一歩を踏み出しました。


信越化学のフェロモン製剤は、1979年から合成研究を進め、農林水産省と圃場試験を重ねて各種蛾類の原体・製剤の世界初の量産化を実現しました。米国では綿害虫向けPB-ROPEの大規模試験で効果を証明し、IPMの柱として評価を獲得。生産・販売現場での丁寧な指導で市場を拡大し、世界最大の合成性フェロモンメーカーへ成長しました。


信越化学のセルロース誘導体は、1960年代に医薬用フィルムコーティング剤「TC-5」や左官用添加剤「hiメトローズ」を開発して用途を広げてきました。1990年代には建材・医薬向けで伸長し、直江津工場でMC-Ⅲを増強して年産1万2000tへ。2002年には最新反応器を備えたMC-Ⅳが稼働し1万8000tに拡大、2003年には「メトローズSH」が食品添加物に認可され市場を拡大。さらに塩ビ・セラミックス向けの高品質品供給体制を強化してきました。

2026年9月、信越化学工業は創立100周年を迎えました。これもひとえに、お客様のお引き立て、お取引先様のご協力、株主・投資家の皆様のご理解、地域社会の皆様のご支援と、先達ならびに社員一人ひとりの努力の賜物です。心より感謝申し上げます。
1926年に創業した当社は、産業と人々の生活の基盤となる素材を提供してまいりました。当社は、1950年代にはシリコーン事業、1960年代には半導体シリコン事業に進出しました。海外展開にも早くから取り組み、1970年代に塩ビを生産する米国シンテック社が操業を開始したのをはじめとして、各事業での海外での生産を拡充し、世界の需要に応えてきました。1990年代に事業化したフォトレジストを始めとした当社の電子材料製品群は、AI向けを始めとする先端半導体分野を支えています。創立100周年の節目に当たる今年、半導体露光材料の新たな拠点である伊勢崎工場が竣工しました。
この特設サイトでは、当社が歩んできた100年の歴史を年表形式でご紹介します。その歩みは、市場の変化に適応し、技術を磨き抜き、お客さまの信頼に応える強い意志に支えられた挑戦の積み重ねです。当社グループをより深くご理解いただく一助となりましたら幸いです。
当社はこれからも、お客様と産業の課題解決と発展に資する素材を生み出し、供給するエッセンシャルサプライヤーとして、邁進してまいります。今後とも信越化学グループに変わらぬご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
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